
「高カロリーな食事を続けると太りやすい」
これはよく知られています。
しかし最近では、食べ過ぎや高脂肪食が体重や血糖だけではなく、脳の働きにも影響する可能性が研究されています。
2026年9月、東京科学大学を中心とする研究チームが、高カロリー・高脂肪食によって認知機能が低下する新しい分子メカニズムを発表しました。
研究成果は国際医学誌『Molecular Psychiatry』に掲載されています。
今回のポイントは、
高カロリー食
↓
あるタンパク質が減少
↓
神経細胞同士の「つなぎ目」に異常
↓
認知機能が低下
という流れが、マウス実験によって具体的に示されたことです。
高カロリー食を1週間続けただけでも変化
研究ではマウスに、
通常食
または
高カロリー・高脂肪食
を与え、脳の変化を詳しく調べました。
高脂肪食を与えた期間は、1週間または6週間。
すると、どちらのグループでも、大脳皮質の神経細胞で「PQBP1」というタンパク質が減少していました。
東京科学大学の発表によると、このPQBP1の低下はアストロサイトやミクログリアではみられず、ニューロンで特徴的に起こっていたとされています。
つまり、高カロリー状態が脳へ影響するとき、単に全身の代謝状態が変わるだけでなく、神経細胞そのものに直接関係する変化が起きている可能性があります。
鍵になった「PQBP1」とは?
PQBP1は、神経細胞が正常に働くために必要なタンパク質のひとつです。
特に関わっているのが、
「RNAスプライシング」
と呼ばれる仕組みです。
DNAの情報からタンパク質を作る際、遺伝情報をそのまま使うのではなく、RNAの必要な部分を組み合わせて最終的な設計図を作ります。
この編集作業のような仕組みがRNAスプライシングです。
今回の研究では、高カロリー食によってPQBP1が減少すると、シナプスに関係する複数の遺伝子でRNAスプライシングに異常が起きました。
研究チームは、その中でも
CASK
Cacnb1
Cyfip2
Syt1
などの分子に注目しています。
これらは、神経細胞が情報をやり取りする際に重要な働きをするタンパク質です。
神経細胞の「つなぎ目」が減っていた
脳の神経細胞は、それぞれが単独で働いているわけではありません。
神経細胞同士は、
「シナプス」
という接続部分を通じて情報を伝えています。
イメージとしては、シナプスは「神経細胞同士のつなぎ目」のようなものです。
今回、高カロリー食を1週間・6週間与えたマウスでは、通常食のマウスに比べて、シナプスの数や成熟したシナプスが減少していました。
さらに、高カロリー食によって作られた異常なRNAスプライシングのパターンは、神経細胞から神経伝達物質を放出する働きにも悪影響を与えていました。
その結果として、マウスでは記憶などの認知機能にも低下が確認されています。
単に「脳が疲れている」という話ではなく、神経細胞同士の情報伝達を支える構造そのものに変化が起きていたわけです。
なぜ高カロリー食でPQBP1が減る?
今回の研究では、その上流の仕組みも調べられています。
高カロリー食を与えたマウスでは、
体重増加
血糖上昇
インスリン上昇
が確認されました。
そして研究チームは、
高カロリー状態
↓
インスリンシグナルが活性化
↓
PPARγという転写因子の働きが抑制
↓
PQBP1が減少
という経路を明らかにしました。
PPARγは、糖や脂質の代謝にも関係する重要な因子です。
これまで高脂肪食による認知機能低下については、炎症やインスリン抵抗性などさまざまな説明が考えられてきました。
今回の研究はそれに加えて、
神経細胞内部で起こる「PPARγ → PQBP1 → シナプス」という新しい経路
を示した点が大きな特徴です。
糖尿病治療薬で認知機能が回復した?
さらに研究チームは、高カロリー食によって認知機能が低下したマウスに対して治療実験も行っています。
使用したのは、PPARγの働きを高めるピオグリタゾンという既存の糖尿病治療薬です。
その結果、高カロリー食を与えたマウスでは、
長期記憶
短期記憶
シナプスの構造
などが改善しました。
また、PQBP1やその下流にあるシナプス関連分子を補う遺伝子治療でも、シナプス障害や認知機能低下が改善しています。
これは将来的に、肥満や糖尿病に伴う認知機能低下に対する新しい治療法につながる可能性があります。
ただし、
「高カロリーな食事をした人が糖尿病薬を飲めば脳を守れる」
という意味ではありません。
今回確認されたのは、あくまでマウスを使った基礎研究です。
人に同じ治療が有効かどうかは、今後の研究が必要です。
今回の研究で興味深いのは、高カロリー食が、
体重
血糖
脂質
だけの問題ではなく、神経細胞同士の情報伝達そのものに影響する可能性を具体的な分子レベルで示したことです。
もちろん、今回の結果から、
「ハンバーガーを1回食べたら脳に異常が起きる」
ということではありません。
研究で使われたのはマウスであり、ヒトの食生活とは条件が異なります。
それでも、毎日の食事は身体を作るだけではなく、
長期的な脳のコンディションにも関わっている可能性がある。
そんなことを改めて考えさせられる研究です。
La HEADでも、睡眠・運動・ストレス・食事など、頭や身体のコンディションに関係するさまざまな研究をご紹介しています。
疲れたときに休むことだけでなく、日々の生活そのものを整えることも、健康な脳を考えるうえでは大切なのかもしれません。


