
「もっとよく眠るためには、何をすればいいんだろう?」
睡眠に悩むと、高価な寝具を買ったり、睡眠に良いとされる食品を試したり、新しい睡眠グッズを取り入れたりと、つい何かを「足す」ことを考えてしまいます。
しかし、2026年にアルバート・ラスカー基礎医学研究賞を受賞した、筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)の柳沢正史教授が睡眠について語るとき、重要なキーワードの一つが、
「睡眠は減点法」
という考え方です。
誰にでも効く「これをすれば100点」という方法を探すのではなく、光、温度、アルコール、生活リズムなど、睡眠を邪魔している要因を一つずつ取り除いていく。
では、具体的に何を見直せばいいのでしょうか。
今回は、柳沢教授が紹介している考え方や睡眠習慣の中から、特に日常生活に取り入れやすい5つをご紹介します。
①「睡眠の質」より先に、必要な睡眠時間を確保する
「短時間でも深く眠れれば大丈夫」
そう考えている方もいるかもしれません。
しかし、睡眠の質を高める工夫をしても、そもそもの睡眠時間が不足していれば、それを完全に補うことはできません。
柳沢教授が繰り返し問題として挙げているのが、日本人の睡眠時間の短さです。
必要な睡眠時間には個人差があるため、「全員が必ず○時間眠ればいい」という単純なものではありません。
そこで一つのヒントになるのが、休日の睡眠です。
平日は6時間しか眠っていないのに、休日になると目覚ましをかけずに8〜9時間眠ってしまう。
そんな場合、平日に不足していた睡眠を休日に補っている可能性があります。
また、睡眠不足が続くと本人がその状態に慣れてしまい、「自分は短時間睡眠でも平気」と感じていても、実際には十分な睡眠が取れていないことがあります。
だからこそ、睡眠を改善するときに最初に考えたいのは、
「どうすればもっと深く眠れる?」ではなく、「そもそも自分は十分な時間を眠れている?」
ということ。
睡眠の「質」を追い求める前に、まず必要な「量」を確保する。
これが土台になります。
② 朝は明るく、夜は暗く。「光」で体内時計を整える
睡眠に大きく関係しているのが、私たちの身体に備わっている体内時計です。
人間の身体は、朝になると活動する方向へ、夜になると休む方向へと、約24時間周期でさまざまな機能を変化させています。
そして、この体内時計を外の時間と合わせる非常に重要な手がかりが「光」です。
朝から午前中に明るい光を浴びることで、脳は「朝になった」と認識し、体内時計が調整されます。
反対に、夜遅くまで明るい環境で過ごしていると、身体にとっては「まだ昼間」のような情報が入り続けることになります。
ここで柳沢教授が指摘しているのが、スマートフォンだけを悪者にしないことです。
よく「寝る前はスマホのブルーライトがよくない」といわれますが、問題になるのはスマホだけではありません。
白く明るい天井照明など、夜に浴びる光そのものにも注意が必要です。
そのため、
朝起きたらカーテンを開ける。
日中はできるだけ明るい環境で過ごす。
夜になったら照明を少し落とす。
寝室はできるだけ暗くする。
こうした「朝は明るく、夜は暗く」というメリハリが大切になります。
睡眠は寝る直前だけで決まるものではありません。
朝にどんな光を浴び、夜にどんな光の中で過ごしたか。
一日の光の使い方そのものが、夜の眠りにつながっています。
③ 寝室は「暗さ・静かさ・温度」を整える
睡眠中は意識がないから、多少暑くても明るくても大丈夫。
そう思ってしまいがちですが、眠っている間も脳や身体は周囲の環境から影響を受けています。
柳沢教授が睡眠環境として重視しているのが、
「暗い・静か・朝まで快適な温度」
という基本的な条件です。
特に見直したいのが室温です。
夏になると、
「エアコンをつけたまま寝ると身体に悪そう」
と、タイマーで切ってしまう方も少なくありません。
ところが、エアコンが切れて寝室の温度が上昇すれば、暑さによって途中で目を覚ましたり、睡眠が不安定になったりする原因になります。
柳沢教授は、暑い時期には無理にエアコンを切るのではなく、朝まで自分が快適に眠れる温度を維持することをすすめています。
重要なのは「○℃が全員にとって正解」と考えることではありません。
寝具や湿度、体質などによって快適な温度は変わるため、
朝まで暑さや寒さを感じずに眠れる環境をつくること。
また、光や音も同じです。
カーテンの隙間から入る街灯、テレビをつけたままの睡眠、外から聞こえる音など、本人が「慣れている」と思っていても、睡眠環境として一度見直してみる価値があります。
新しい睡眠グッズを買う前に、
「寝室そのものが眠りやすい場所になっているか?」
を確認する。
これもまさに「睡眠は減点法」という考え方です。
④「寝酒」は、寝つきが良くても睡眠にはマイナス
「お酒を飲むと眠くなるから、睡眠には良いのでは?」
これは非常に誤解されやすいポイントです。
確かにアルコールには催眠作用があり、飲酒すると寝つきが早くなることがあります。
そのため本人としては、
「お酒を飲んだ日はよく眠れた」
と感じることもあります。
しかし、問題は眠った後です。
アルコールは時間とともに体内で代謝されていき、その過程で睡眠が浅くなったり、途中で目を覚ましやすくなったりします。
さらに飲酒量が多ければ、利尿作用によって夜中にトイレへ行きたくなることもあります。
つまり、
「早く眠れる」ことと「良い睡眠が取れる」ことは同じではありません。
柳沢教授も、特に眠るためにアルコールを利用する「寝酒」をすすめていません。
もちろん、これは「お酒は一滴も飲んではいけない」という話ではありません。
重要なのは、
「眠れないからお酒を飲もう」
という使い方を習慣にしないことです。
寝つきを良くするために飲んでいるつもりが、結果として夜の睡眠を邪魔している。
まさに「睡眠の減点要因」になり得る習慣です。
⑤ 眠れないときほど、ベッドで「頑張らない」
「明日は朝が早い」
「もう0時なのに眠れない」
「あと6時間しか眠れない……」
そんなことを考え始めると、ますます目が冴えてしまった経験はないでしょうか。
睡眠は少し特殊で、
「頑張れば頑張るほど成功する」とは限りません。
むしろ「絶対に眠らなければ」と意識することで緊張や覚醒が高まり、眠りから遠ざかってしまうことがあります。
そこで柳沢教授が紹介しているのが、眠れないままベッドで粘り続けないことです。
目安として10〜20分ほど経っても眠れなければ、一度ベッドから出る。
そして、明るい照明をつけるのではなく、薄暗い環境で静かに過ごし、自然に眠気が出てきたところでベッドへ戻ります。
なぜ、わざわざベッドから出るのでしょうか。
理由の一つが「条件づけ」です。
毎晩ベッドの中で、
眠れない。
時計を見る。
焦る。
スマホを見る。
また眠ろうと頑張る。
という状態を繰り返していると、ベッドが「眠る場所」ではなく、「眠れずに焦る場所」になってしまう可能性があります。
逆に、
眠くなったらベッドへ入る。
という関係をつくっていく。
「眠らなければ」と頑張るのではなく、眠気が訪れやすい環境をつくり、あとは身体に任せる。
これは不眠への認知行動療法でも使われる「刺激制御」と呼ばれる考え方につながっています。
良い睡眠は「何を足すか」より「何を減らすか」
ここまでの5つを振り返ってみると、意外なことに気づきます。
特別な睡眠グッズも、高価な寝具も登場していません。
必要な睡眠時間を確保する。
朝は明るく、夜は暗くする。
寝室の光・音・温度を整える。
寝酒をしない。
眠れないときにベッドで頑張らない。
どれも非常にシンプルです。
しかし柳沢教授のいう「睡眠は減点法」という考え方に当てはめると、その意味が分かってきます。
睡眠を100点以上にする「魔法の方法」を探すのではなく、
今、自分の睡眠から何点が引かれているのかを考える。
睡眠時間が短いなら、まずそこを改善する。
夜が明るすぎるなら、照明を見直す。
暑くて目を覚ますなら、室温を整える。
寝酒をしているなら、それをやめてみる。
眠れないことに焦っているなら、いったんベッドから離れてみる。
一度にすべてを変える必要はありません。
「自分の睡眠を邪魔しているものを、一つだけ減らしてみる。」
睡眠研究の第一人者が伝えていることは、意外なほどシンプルです。
La HEADでも、睡眠や休息に関する国内外の研究をこれまで数多くご紹介してきました。
毎日忙しく過ごしていると、「もっと頑張って健康にならなければ」と考えてしまうことがあります。
でも睡眠については、何かを頑張って足すのではなく、眠りを邪魔するものを少しずつ手放していく。
今夜はまず、自分の睡眠から「何を一つ減らせるか」を考えてみてはいかがでしょうか。


